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Color of the Mind

Date : 2010年09月03日

ハンス・コパー展

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先日、「ハンス・コパー展/20世紀陶芸の革新」に行ってきました。

削ぎ落とされたうつわのフォルムからは精神性と、先史時代の土器のような力強さを感じました。うつわは静かにでも絶対の存在感で悠久の時を生きているようでした。


ハンス・コパー(1920-1981)は、父親がユダヤ人であったため、ドイツからイギリスに亡命。戦時中は敵国人としてカナダの収容所に入れられ、その後もイギリスで兵団としての厳しい労働、除隊後もいくつかの職業を転々とし、若い頃の生活は苦しかったようです。
その後ルーシー・リーの工房で働くようになり、陶芸の制作を始めるようになってすぐにその才能を現し、ルーシーとの共同制作を経て、独創的で傑出した作品をつくりあげていきます。

教鞭をとっていたロイヤル・カレッジ・オブ・アートでは、生徒たちにつねに「どうやって、の前に何故」つくるのかを問いかけていたそうで、「陶芸とは何か」その本質を追究する姿勢がうかがえます。

1975年、55歳の時に筋萎縮性側索硬化症と診断され、不自由になりつつある体と闘いながらも、ひたすら作品をつくり続けたそうですが、作品からは体の自由が失われているとは思えませんでした。


コパーが、ヴィクトリア&アルバート美術館における展覧会カタログに寄稿した文章(1969年)が、今回の展示で配られていました。心にじわじわと入ってくるものがあったので、以下書き写します。




王朝誕生以前のエジプトの器、私の手の大きさでやや卵形の:何千年も前に、おそらく奴隷の手によって作られ、色々な意味で生き抜いてきた。つつましく無抵抗で、どことなくこっけいな-しかし力強く神秘的で官能的だ。

何かを伝えるのではなく、自己表現をするわけでもないが、しかし作り手とその生きた時代の人間世界を内包し映し出しているように見える。微かな力で、そして敬意を込めて。「人間」によって作られた完璧に無駄のない物体。ジャコメッティの人物像。バックミンスター・フラーの人間。普遍のもの。

私を真に魅了したのはこの器だけだ。それは私が器を作る理由ではないが、しかしそれは人とは何かをかいま見せてくれる。

私の関心は、実験や探検にあるのではなく本質を引き出すことにある。ろくろは簡潔さを要求し限界を決定づけ、勢いと連続性を与える。単純なテーマで連続したヴァリエーションを作ることに集中する時、私はその工程の一部になっていく。私は今-このすばらしい世紀に-存在するという体験に共鳴しうる感度を持った道具を学び始める。

その目的と機能に関してはあいまいに語られるクラフトというものに取り組む時、人は不条理に直面することがある。まるで取り憑かれたピアノの調律師のように、何よりもまず幻の絶対音程に近づこうとするのだ。そして消え去ってしまう見せかけの理念に逃避しがちだ。しかしそれでもなお、習慣となった仕事は残る。人は現実に取り組む。
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プロフィール

Author:Tanaka Mika
ハンズオン・ヒーリング、関係性エネルギー・ヒーリングのセッションをおこなっています。

木漏れ日の中での昼寝と、空の移り変わる色を見ることが至福の時間。

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